最近、リクの纏う着物が派手になっている気がするのは、決して鴆の気のせいではないだろう。
 薬鴆堂に訪れるリクオは、華やかな着物を纏ってやって来る。今日の着物も、独楽の絵が大胆に描かれていた。
 それらの着物は驚くほどリクオに似合っている。もちろん呉服を専用に扱う妖たちが中心になって選んでいるのだろうから、似合って当然なのかもしれないのだが。
 昼の姿のリクオは、派手なものを拒んでいるらしく、歳に似合わないほど落ち着いた色柄ばかりの着物だ。しかし夜の姿になり、体躯が変わるために誂えた着物は、相反するように派手だった。
 着せられているリクオと言えば、柄や色に頓着はないらしい。ようは肌触りが良くて動きやすければ何でもいいのだという。
 鴆の目から見れば、やはりどちらでも良いと言える。地味なものでも、派手なものでも、リクオは粋に着こなしてくれるからだ。
 リクオは元が綺麗なのだ。だから彼の内面が着物を引き立たせ、それを美しく見せるのだと思う。
 幼い頃はやんちゃが先立ち、綺麗と言われるのはいつだって鴆の方だった。だがその頃より、鴆にとってはリクオがいちばん綺麗な存在だった。
 誰にでも美しいと云われる【鴆】よりもずっと。
 そんなリクオが、誰もが認めるような美丈夫に成長している。その姿は日を追うごとに輝いている。だからこそ、身に纏う着物が派手になっていくのかもしれなかった。
 見るものを惹きつける力を持つ妖だ。着物を仕立てるものたちも、それに似合うだけの柄を選ぶ。そうすると、自ずと派手なものにあっていくのだろうと思われた。

「どうした、鴆」
「いや、お前は綺麗だなと思ってな」
「いきなり何だ?」

 鴆にとってはいきなりではないのだが。言われたリクオは豆鉄砲を食らった鳩のようだ。
 クスクスと笑う鴆に、すいっと伸びてくる手。刀を扱う節くれた指が、顎を捉えてきた。

「オレから見れば、お前の方がずっと綺麗だぞ?」
「もう綺麗と言われる歳は過ぎているぜ」

 【鴆】が褒め称えられるのは、幼鳥の時分だ。成鳥となり、毒の回った羽を持つ自分は、既に綺麗とは言えないだろう。

「歳は関係ないだろ。お前が綺麗なのは昔から変わらない」
「そういうなら、お前だって昔から綺麗だぜ」
「オレは子供の頃、そういう褒め言葉をもらったことはないぞ?」
「だったら、そいつらは見る目がなかったのさ」

 或いは鴆の目がおかしかったのか。けれど成長した今のリクオを見れば、決してその感覚は間違っていなかったと思う。

「お前は綺麗だよ。子供の頃から、ずっと」
「そうか。まあ、お前がそう思ってくれるのは、悪い気分にはならねぇな」
「おう。だから、ずっと綺麗でいてくれよ?」
「だったらずっとオレを見てるんだぜ? そうでないと綺麗かそうでないか、判断出来ないだろう?」
「そうだな。見ていたいな」

 綺麗なお前を。
 これまでも。これからも。
 ずっと。









 夜風に身を委ね、リクオは蛇女の背に乗って星が瞬く空を抜けていく。眼下には提灯と鬼火で飾られた繁華街。今宵も酒と噂話とちょっとした喧嘩に賑わう化け猫横丁だ。
 灯りが見えてからも暫くはそのまま飛んでいたが、程なく蛇女がゆるりと下降し始める。目的地に到着したのだ。
 この繁華街で特に大きな看板を持つ化け猫屋。蛇女はその門前で飛行を完全に停止した。

「直ぐに戻る。ここで待っていてくれ」

 ひらりと背から降り立ったリクオは、己を運んでくれた妖にそう告げ、単身で暖簾を潜る。「いらっしゃいませ!」と威勢の良い声が複数迎えてくれた。

「ようこそ、三代目!」

 両腕を広げて笑顔で迎えてくれたのは、店主であり、この化け猫横丁全体を仕切る化け猫組頭首の良太猫だ。

「よう、良太猫。今夜も商売繁盛のようだな」
「おかげ様で。ささ、どうぞこちらへ」

 席に案内しようとする店主を、片手を上げて押し止める。今宵の用向きは、ここで呑むことではなかった。

「すまねぇが、今日はここに留まれねぇんだ」
「そうなんですか?」

 少しだけ伏せられた猫耳が、残念だということを如実に告げてくる。周りの従業員達も同じような状態だ。素直すぎるそれに苦笑を浮かべつつ、リクオは来店の目的を口にした。

「青田坊たちから、この店にいい酒が入ったと聞いたんだ。少しばかり分けてもらえるか?」
「お持ち帰りでございますか?」
「見舞いの品に、な」

 途端に、伏せ気味だった耳がピンと跳ねる。こちらの目的を、彼が正しく理解した証拠だ。
 リクオが、病がちの義兄弟を訪ねるのだと。

「左様で。では直ぐにご用意いたします」

 引き止める真似は一切せず、直ぐに傍に居た従業員―――化け猫組の部下に酒の用意を言いつける。この辺りの手際の良さは、流石は組の頭といったところだ。

「手間をかけるな」
「いいえ、とんでもございません。この品がお気に召していただけるとよろしいんですが」
「ウチのもんが口を揃えて美味いと褒めていた品だ。悪いとは思えねぇな」
「そう言っていただけると冥利につきます」

 嬉しそうに笑う店主に、リクオも目を細める。接客の良さを知らしめる笑みだ。
 気心の知れた相手と静かに呑む酒も美味いが、こういうところで呑む酒もきっとまた別の意味で美味いだろう。ここはそんな心地よい気持ちにさせてくれる店だ。
 出来るなら、こういう場所へも時折連れて来てやりたい。ここには居ない義兄弟の姿を思い浮かべてそう思う。他者の目に出来れば触れさせたくないのが本音だが、勝手気ままに出歩くことが叶わない彼に、たまには羽を伸ばさせてやりたいと思うものまた、リクオの本音だった。

「今度、調子が良さそうなら、あいつと一緒に寄せさせてもらおうか」
「はい! 心よりお待ちしております!」

 文字通り、ゴロゴロと咽喉を鳴らして笑みを浮かべる良太猫と、酒の用意が整うまで雑談を交わす。店の入り口付近で立ち話を続ける店主と奴良組総大将の姿に、好奇心満載の視線は尽きることなく注がれた。
 こういう場において、自分が興味の対象となることをリクオも充分に承知している。煩わしいと思えば特性を発揮して姿を消すことも出来るが、今はそこまでするほどではない。何よりこの客が集まる忙しい時間帯に、他の仕事を全て止めて自分の相手をしてくれている良太猫に悪いというものだ。
 気を利かせてくれる良太猫の話題は、流石に繁華街を取り仕切るだけあり、多種左様で飽きがない。どうやら酒の他に噂話も土産に出来そうだと、リクオも耳を傾けた。

「大変お待たせいたしました、三代目。ご所望のお品です」

 従業員が差し出した白い陶磁の瓶を良太猫が受け取り、リクオに改めて手渡す。大振りの瓶はずしりとした確かな重みを受け取った手に伝えてきた。

「ありがとうよ」
「鴆様のお加減が早く良くなることを、あっしらも願っています」
「美味い酒と、お前らのその気持ちがありゃ、あいつも良くなるさ。というより、きっと我慢が効かなくなるに決まってらぁ」

 そのときには必ず寄せてもらう。リクオの言葉にまた笑顔が花開いた。

「またのご来店、お待ちしております!」
「ありがとにゃんした!」

 威勢の良い声に見送られ、外に待たせていた蛇女のもとへと向かう。背後に注がれ続けていた多くの視線は、夜空を高く飛ぶまで続いた。その中に、好奇心ではない視線が含まれていたのだが、既に心を義兄弟の元に飛ばしていたリクオは、その違いに気付かなかった。








……本編に続く




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